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私たちは、生活の中で何かしら継続して繰り返していることがあります。

なぜ、継続するのでしょうか?

その答えとしては、まずは以下の2つが挙げられます。

1. それをすることが「心地良い」と感じられるから。
2. それをすることが「必要だ」と感じられるから。

ほとんどはこの2つのうちのどちらかが当てはまるかもしれませんが、これ以外に「人が何かを継続する理由」となるものがあります。

それは、

3. それをすることが「大切だ」と感じられるから。

というものです。

「心地良くもないし、絶対に必要というわけでもない、だけど続けている」ということ、皆さんにはありませんか?

それは、自分で「これをするのが、自分には大切なことなんだ」と感じているものではないでしょうか。

例えば、私は英語教室を開いてもう12年が経とうとしています。

なぜ、私は英語教室を続けているのでしょうか?

「心地良い」から? 楽しいから? 好きだから? まあ、それはある意味そうですが、いつでも心地良いわけではありません。

では、英語教室をやる「必要」があるから? いえいえ、そんな必要はありません。別に他の仕事でも生きていけるだろうと思います。

では、私が英語教室を続けているのはなぜでしょうか?

それは、そのことが私にとっては「大切」なことだと思えるからです。

必ずしも心地良くないし、必ずしも必要ではない。

単に好きだというわけでもない。

「大切だ」という思いは、「心地良い」とか「必要だ」とかいう理由よりも強く人を動かします。

思うに、「心地良い」というのは「感情」に支配され、「必要だ」というのは「理屈」に支配されています。

しかし「大切だ」というのは、その「両方」のような気がします。

成熟した「理性(≒理屈)」があり、さらには人としての「心(≒感情)」がなければ、何かを「大切だ」とは感じないと思うのです。

つまり、何かを継続する理由としては、「心地良い」や「必要だ」という理由よりも、さらに高次元のところにあるのが「大切だ」という理由なのだろうと思います。

苦しくても、辛くても、うま味がなくても、あまり「得」だと思えなくても、それでも、

「大切だからやる」

という理由には、その人の「理性」と「心」が感じ取れます。

なぜなら、「大切だからやる」と感じた人は、そう簡単にはその気持ちを変えたりしないからです。

しかし、そういう思いを持てるのは、子供ではなくて大人です。

そして、「大切だからやる」という思いを持った大人は、エネルギーをどんどん生み出していくことができます。

子供は、小さければ小さいほど、「大切だからやる」とは考えられません。

小さければ小さいほど、「1. 心地良いからやる」という理由に支配されますし、あるいは環境によって「2. 必要だからやる」という場合もあるという程度です。

子供に英語を習わせるには、子供ではなく、親自身に「そのことが大切なんだ」という思いが必要です。

子供がやる気をなくしそうになっている時でも、親自身が「そのことが大切だ」と深く感じているならば、我が子に対して忍耐強く接することができるでしょう。

ところが、そういう思いがなく、理性も心もなく、ただ漠然と「子供には英語をやらせなくっちゃ」と思っているだけの親は、たいてい、エネルギーが続きません。

子供のエネルギー源だった「1. 心地良いから」という不安定な理由がひっくり返ってしまったら、もう親もそれ以上のことはできません。

子供が英語を身につけることがどうして大切なのか?

心地良くもなく、(今は)必要でもないものを、どうして子供が身につけなくてはならないのか?

そういうことを深く考えた上で、親が「本当に大切だ」という価値観を持っているのならば、それをエネルギーにして子供に伝えていけば良いのだろうと思います。

ま、私自身は「子供が大人になってから自分で大切かどうかを決めるだろう」と思ってしまう派なので、やっぱりそういうエネルギーは沸いてきませんが。

でも、自分自身を振り返っても、「1. 心地良いからやる」や「2. 必要だからやる」というよりも「3. 大切だと思うからやる」という理由でやっているほうが自分自身に対して、なんとなく「誇らしい気持ち」になれるような気がします。

「1. 心地良いからやる」は生き物として当たり前。

「2. 必要だからやる」はなんだか「いやいやだけど仕方ないから」という消極的な理由のような気もします。

しかし「3. 大切だからやる」というのには「自分の価値観」があり、「自分の判断」があり、「自分の意志」があり、そして、なんとなく「未来への希望」が感じられます。

子供の英語教育の話だけではなく、自分自身が何かを実践し、継続する時には、「3. 大切だからやる」という思いを忘れないようにしたいと思います。

さて、子供向けの英語教育の是非について話を戻しましょう。
次回は、私が賛成することができない別の理由についてご紹介します。

どうぞお楽しみに!

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