人は誰でも「心の健康」を損なうことがあります。

これを書いている私だって、アメリカ留学時代、社会人2年目の頃など、何度か心の健康を損なった(あるいは損ないかけた)ことがあります。

心の健康を損なってしまう原因はいくつもあると思いますが、一番多いのは「ゆとりがなくなってしまう」というものではないでしょうか。

「ゆとり」と言っても、色々なものがあります。

■時間的なゆとり

■経済的なゆとり

■能力的なゆとり

他にもあるかもしれませんが、「ゆとり」のない状態は、たいてい誰にとっても心地良くはありませんね。

「ゆとり」というのは、次の式で言い表せます。

「ゆとり」=「can(できる)」ー「must(しなくてはならない)」

「can」から「must」を引いたもの、それが「ゆとり」です。

当然のことながら、「can」の方が大きくて、「must」の方が小さければ、「ゆとり」はプラスとなります。

逆に、「can」よりも「must」の方が大きければ、「ゆとり」はマイナスとなります。

人間、誰だって「must」よりも「can」の方を自分の中に大きく持っていたいもの。

しかし、時間やお金や能力など、常に「ゆとりがある」という人など滅多にいません。

時にはゆとりがなくなってしまうことがあるのも人生です。

しかし「ゆとりがない(あるいはマイナス)」という状態が長く続きすぎると、いつしか「心の健康を損ねてしまう」ことになりかねません。

「can」の方を大きくし、「must」を小さくすることができれば、そこには「ゆとり」が生まれます。

しかし、「can」というのをすぐに大きくするのは無理です。

自分自身を成長させよう、と思うのは結構なことですが、どんなものも、「急激な成長」というものは不自然です。

普通、いくら成長しているという場合でも、それは、髪の毛が伸びるようなスピード、ツメが伸びるようなスピードのはずです。

今できることが「100」だとして、明日の朝おきたら急に「10000」になっていた、などということは普通はあり得ません。

いくら努力しても、「can」はすぐには大きくはならないのです。

では、「must」の方はどうでしょうか?

心の健康を損ねてしまう人に共通していると思われるのは、「mustでなくても良いものまでmustにしてしまっている」ということです。

ある事柄について「mustだ」と自分で思ったとします。

つまり「やらなくてはならない」という義務感というやつです。

心の健康を損ねてしまいやすい人を観察してみると、どうも「それは別にmustではないんじゃないの?」と思ってしまうことまで「must」にしてしまっている、ということが多々あります。

ある事柄について、「must」なのか、そうでないのか、という判断基準というものは、その人の「主観」によって決まります。

その人の価値観、つまりは「感情」や「理性」によって、「やらなくては気が済まない」とか「やらなくては人としてダメだ」などのように思ってしまうと、なかなか「must」が小さくなっていきません。

ここで大事なことは、「物事、つねに逆の見方があり得る」ということです。

自分が「must」だと思っていることでも、逆転の発想で、「もしもそれをやらなかったらどうなる?」ということを冷静に考えていくのです。

例えば、仕事でメールを打つときに、誤字や脱字のない、また日本語としての間違いのない「完璧な文章」を書かなくてはならない、と思ったとします。

そういう「must」を自分の中に持っている人は、1つのメールを打つにも相当苦労します。時間もかかることでしょう。

こういう人は、言うなれば、「must」という足かせを自分で自分にはめているのです。

一方、メールを毎日たくさん打つ人にとっては、「多少の間違いも仕方がない」という割り切りがあります。

そういう割り切りはどこからやってくるかと言うと、「誤字も脱字も、人なら誰でもあるものだ」という、ごくごく当たり前の考え方です。

そして、万が一、誤字や脱字があったとしても、そのことでどれだけの損害や被害が発生するのか、ということを突き詰めて考えていった先に、「別にたいしたことはない」という答えにたどり着きます。

このように考えることができるなら、それまで「must」だと思っていたものが「mustではない」というように変わっていくかもしれません。

「must」だと自分で思うのは何故なのか?

「must」だと思っていることを、実際にやらなかったらどうなるのか?

そのことを考えて、思考をつなげていった先に、「な~んだ、それだけのことか」というように考え方を切り替えられれば、急に「must」は小さくなります。

「can」は急激に大きくはできませんが、「must」は信じられないくらい急速に小さくすることができるのです。

ところが、そういう思考をつなげていくことができないと、人は、「目の前のmustは、絶対にmustだ」という発想に支配されてしまいます。

特に、身体が疲れていたり、ひどく悲しい目にあった後などは、「mustはmust」という考え方を変えることができません。

よくよく考えてみればたいしたことではない。

そういうことに対して、自分だけが「mustだからやらなくては!」と気張っていると、そのうち心の健康を損ねてしまうことでしょう。

心の健康を損なわないためには、「mustをmustにしているのは自分自身」ということを、時々は思い出してみるのも良いと思います。

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