英語を身につけることは「苦手を克服すること」と同じという人はたくさんいらっしゃることでしょう。

英語に限らず「苦手を克服する」にはどうすれば良いかについて考えていくこのコーナー。

前回は「自立の心」を持って取り組もうという話を書きました。

今回は「緻密(ちみつ)さ・細かさ」という観点で考えてみることにしましょう。

苦手なことに取り組もうとする時、人は「忍耐力」や「自立の心」が弱まってしまうだけでなく、「緻密さ・細かさ」も弱まってしまう傾向があります。

苦手なことを克服していこうとする際、「緻密さ・細かさ」というものを意識することはとても大事です。

例えば、私は日々、英語の発音を指導していますが、英語の発音が苦手な人は、たいてい英語の発音をしている時に「緻密さ・細かさ」が弱く、「おおざっぱでいい加減」に発音しようとします。

「おおざっぱでいい加減」という状態は、英語の発音だけでなく、何かを身につけていくには、必ずどこかのレベルで上達の妨げになります。

逆に、苦手なことであっても、「緻密で細かい」部分にまで意識が行き届いていれば、あとは「量をこなす」ということによって成長していくことができます。

「緻密さ・細かさ」が弱り切っているところで「量をこなす」ということをやったとしても、おそらく、なかなか苦手なことを克服していけないのではないかと思います。

では、「緻密さ・細かさ」というものは、どのようにすれば意識し続けられるのでしょうか。

「緻密さ・細かさ」は「忍耐力」と比例します。

「忍耐力」については、以前、このブログの記事でも書きました。

(過去記事:苦手を克服するために(5):理性を高めるには?(その2)

過去記事でも書きましたが、「忍耐力」というものは、「好きなこと」や「得意なこと」をしている時には、誰だって高く維持できるはずのものです。

ところが「嫌いなこと」や「苦手なこと」になった途端に「忍耐力」は急激に低下してしまいます。

「緻密さ・細かさ」もこれと同じように考えれば良いと言えます。

また、どんなことであっても、取り組んでいるレベルが上がれば上がるほど、要求される「緻密さ・細かさ」も高くなります。

自転車ならば「ハンドル」が多少ゆがんでいるくらいでは大事故につながるとは考えられませんが、旅客機や宇宙船ともなれば「操縦桿」がちょっとゆがんでいるだけで大惨事となり得ます。

これと同じで、低レベルのものであれば、「緻密さ・細かさ」は気にしなくても良いかもしれませんが、レベルが上がっていくにつれ、「緻密さ・細かさ」はより高く要求されていくことになります。

人が何かに取り組んでいて、それが「苦手なこと」だったとしたなら、「緻密さ・細かさ」を気にしないで取り組んでいるうちは「レベル」が上がってはいかないでしょう。

レベルが上がるということが、つまりは「成長する」ということなのですから。

「緻密さ・細かさ」を高めるためには、過去記事で書いた「忍耐力を高める」ための方法と同じです。

つまり、「苦手なこと」に取り組んでいる、まさにその瞬間に、「緻密さ・細かさ」に対する自分の意識が「極端に低下している」ということを「自覚」するのです。

人は、自覚のないことは修正したり改善したりすることはできません。

しかしどんなに苦手なことであっても、「自覚」して、意識を高めていくことで修正したり改善したりすることは可能です。

苦手なことがなかなか克服できない人は、苦手なことを「ただ辛抱強く繰り返す」だけでなく、そこに「緻密さ・細かさ」への意識があるかどうか自問してみると良いでしょう。