人とのコミュニケーションをスムーズに進めていくためには、まずは自分が「話し上手」になる努力をすべきです。
「話し上手」になるには、どのような共通ルールがあるのでしょうか。
前回は、「見えないところを見る力」が弱いことで、どんな状況に陥ってしまうかをご紹介しましたね。
今回は、逆に「見えないところを見る力」を持っている人は、どのように人とのコミュニケーションを進めているのかについて考察してみましょう。
「見えないところを見る力」が弱っていると、「人の気持ち」を知ることができません。
「人の気持ち」を知ることができない人は、程度にもよりますが、人から嫌われたり、誤解されたりします。
それがさらに発展して、仕舞いには「組織の中で孤立する」という状況に陥ってしまう可能性だってあります。
例えば、前回ご紹介した「見えないところを見る力が弱い上司」の例について考えてみましょう。
この上司、仮にDさんと呼ぶことにしましょう。
Dさんは、自分の部下がどんな気持ちで働いているのか、全く読むことができません。
無理難題を部下たちにつきつけ、「やれ!」の一言で仕事をさせようとします。
「やれ!」と仕事をつきつけられた方の部下たちは、当然のことながら「反発」します。
部下によっては、おもてだって反発することもあるかもしれませんし、表には出さずに反発の心を胸に秘めたまま仕事をするかもしれません。
いずれにしても、部下たちは、Dさんに対しては「心の距離」を遠ざけてしまうことでしょう。
ところが、部下の中に、1人だけ「見えないところを見る力」が卓越した人がいたと仮定しましょう。
その部下を仮にS君と呼ぶことにします。
S君は、みんながDさんを嫌っている中、1人だけ「Dさんがなぜ無理難題を部下に押しつけてくるのか?」という観点で考えてみます。
例えば、次のような感じだったとしましょう。
「以前は、Dさんも優しい人だった。それなのに、ここ最近、急に無理難題を部下に押しつけるようになってしまった。一体なぜだろう?」
そこでS君は、別の部署にいるYさんに尋ねに行きます。
YさんとDさんは同期であり、友人同士でもあるようなので、きっと何かを知っているだろう、とS君は思ったのです。
S君が尋ねると、Yさんは、Dさんについて次のように話してくれました。
「Dさんの奥さんはね、半年ほど前から病気でずっと入院しているんだよ。だからDさんは仕事が終わって毎日病院へ行っているんだ。仕事もこなさなくてはならない上に、奥さんの面倒まで見なくてはならないから、彼も大変なんだよ。」
このような事情を知ったS君は、全てを理解します。
「そうか、Dさんが変わってしまったのは、確かに数ヶ月ほど前からだ。奥さんの看病をしながら、仕事も早く終わらせなくてはならない、だから僕たちに無理難題を言ってむりやり仕事を押しつけようとしてしまっていたのか…。」
この事情を理解したS君は、その次の日から、積極的にDさんの仕事を自分からもらいに行くことにしました。
「Dさん、この仕事、よかったら僕がお引き受けしますよ。」
「Dさん、先ほどの仕事が一段落したので、次はこれをやりましょうか?」
「Dさん、他の仕事も、みんなで手分けすれば早く終わります。僕が声をかけてきますよ!」
さて、このようなS君の積極的な姿勢を目の当たりにしたDさんは、どのように感じるでしょうか?
きっと、S君に対して「感謝の気持ち」を持つことでしょう。
「あ、ありがとう! 助かるよ!」
そして、そんなS君が、仮に自分に何かしらの「発言」をしたとしたなら、きっとDさんは耳を傾けることでしょう。
「Dさん、僕は今のところまだ平気ですが、他のみんなはたくさんの仕事をこなし続けていて、疲れ切っています。Dさんもお疲れでしょうが、このままでは辞めていく人も出てきてしまいます。身体をこわしてしまう人も出てくるかもしれません。どうにか、この膨大な仕事量を減らしていく努力はできないものでしょうか?」
S君がこのような発言をしたとしたなら、Dさんはもしかしたら耳を傾けて、何かしらの対策を考えるかもしれません。
これが、S君以外の部下が単なる「反発」として同じ事を言ってきたとしたら、恐らくDさんは、自分の余裕のなさから、やはり聴く耳を持たずに、ただひたすら「やれ!」と必死に命令するだけで終わっていたかもしれません。
「話し上手」というのは、相手の心に届くように話すことができる人なんだと思います。
相手の心に届くように話すには、実は「話す」ときだけではなく、「日頃の行動」も大きく関わっているはずです。
「話す」にしても「行動する」にしても、結局は「見えないところを見る力」を発揮し「人の気持ちを知ろう」とすることが大事なんですね。
S君は、「見えないところを見る力」を発揮することによって、Dさんが「頭の中で何を考えているか」を想像してみました。
そして、その想像をするために必要な「情報」を、Dさんの同期のYさんに話を聞きに行くという行為によって獲得したのです。
前回も書きましたが、「見えないところを見る力」は、
( 情報量 & 知識量 ) × ( 思考力 & 想像力 )
というかけ算によって得られます。
そして、ここでもう1つ大事な要素として、「肯定の気持ち」というものが挙げられます。
人の気持ちを知るためには、「見えないところを見る力」を発揮する必要がありますが、その前提として「相手を肯定する」ことが何より重要なのです。
相手を「否定」しているうちは、いくら「情報」や「思考力」があったとしても「見えないところを見る力」は獲得できません。
上記のS君のように、Dさんを「否定せず、肯定する」というスタイルを維持することができれば、「見えないところを見る」ことができるようになるのです。
さて、上記のS君やDさんのお話は、実際にあった話というわけではありません。
「無理難題を押しつけてくる上司」が、必ずしも「奥さんが病気で入院している」という同情すべき事情を抱えているわけではありません。
しかし、たとえ相手がこちらの気持ちを知ろうとしてくれなくても、「自分からは相手の気持ちを知ろうとする」という意識が大切なのです。
そういう意識を持つことことが、「話し上手」になるには必要なことなんだと思います。