ここのところ、国際会議の仕事がピークとなっていて、大量のメールを書くような日々が続いています。
メールを打つ言語は、日本語の時もあれば英語の時もあります。
もちろん、本業の「英語の授業」もありますので、国際会議関係のメールを打つのは空いた時間ということになります。
人が、自分の頭の中にある「理解」というものを他人に伝えるには、いったん「言葉(文)」にしなくてはなりません。
「理解」というものは、自分の頭の中にあるうちは、言葉になりきれていない、漠然としたイメージだったり、言葉の断片だったりします。
そういう「言葉になりきれていないもの」を「きちんとした言葉」にし、自分の「外」に出す。
そして、自分が出した言葉(文)を聞いたり読んだりした人は、今度は「言葉」を受け取ってから自分の頭の中で「理解」に変える。
言葉を受け取るだろう相手が、どんなに考える力が弱かろうと、どんなに知識に乏しかろうと、それでも「きちんとわかってもらう」ためには、自分の方に工夫が必要となります。
最近、メールを大量に書いているうちに、だんだん、ポイントだけを書くように努めている自分がいることに気づきます。(まあ、やっつけ仕事的になってしまっている感は否めませんが。。。)
それでいて、「後で質問として返ってこないように」するだけの十分な情報もしっかり入れておかなくてはなりません。
大量にメールを打っていると、まるで、「自分の理解を言葉にする」というトレーニングをひたすらやっているような間隔に陥ります。
こうした訓練というものは、「英語で表現」する時にも必要です。
よく、「英語だから説明ができない」という人がいますが、もしかしたら、「英語だから説明できない」のではなく、「そもそも日本語でもきちんと言葉にして説明することができない」のかもしれません。
日本語で説明する、しかも、ポイントを押さえた上で必要十分な情報に集約させた上で説明する、ということができなければ、きっと、英語になったらもっとできないでしょう。
日頃から、「自分の理解を言葉にし、人に説明する」ということをたくさんやっている人は、それを英語などの「外国語」におきかえても、きっと、きちんと伝えることに成功するのだろうと思います。
もちろん、そもそも言語能力が低ければ、いくら母国語での説明能力が高くても、外国語となったら通じないかもしれません。
しかし、「自分はこういう考えを持っている」ということを、強いポリシーで主張できるならば、あとは、辞書を片手に、なんとか伝えることができるはず、とも思うのです。
日本人が「英語ができない」のは、「英語力の不足」が原因なのではなくて、もしかしたら、「自分の理解を母国語で説明する」という力が不足していることが原因なのかもしれません。
英語を学習するのと同時に、「母国語」である日本語を使って、「自分の理解を言葉にする」ということを、日々トレーニングすることが大事なんだろうと思います。
<おしまい>
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