英語を学んでいる人ならば、「自分の発音をもっとキレイにしたいなぁ」と思うことはありませんか?

発音がキレイになると、自分も周囲の人達も、みんなが「良い気分」になります。

逆に発音がキタナイ(聞き取りづらい)と、まずは周囲の人達は「不快感」を覚えるでしょうけれど、結局は自分だって良い気分にはならないでしょう。

この世の中には「自然に出来上がったもの」と「人が作り出したもの」という2つがあります。

「自然に出来上がったもの」は、つまりは「自然」と言えるわけですが、「自然」のものには「そもそも美しいもの」がたくさんあります。

海や山や川などの自然の景色は、それ自体が美しいですね。

動物も植物も、野生に存在しているものには「無駄」がなく、美しいと思わせるものがたくさんあります。

しかし、「人が作り出したもの」は、必ずしも「美しい」とは言えません。

人が作り出すものは、テキトーに作っていたのでは、まず美しくありません。

人が何かを作るときには、「細かさ」「丁寧さ」「理屈」「計算」「慎重さ」「バランス感覚」「力強さ」「思い切りの良さ」など、様々な要素を「意図的」に持とうとしなくては、美しいものにはなかなかならないでしょう。

例えば、フィギュアスケートの選手が、美しい演技をするのには、上記のようなものが全て必要ではないでしょうか。

あるいは、最高レベルのオーケストラで楽器を演奏する音楽家は、きっと日々の練習の中に上記のような要素を取り入れているのだろうと思います。

そして、上記のような要素を取り入れて「練習しつづけている」という時のその様子は、実践している本人にとっては、決して「美しいもの」とは言えないことでしょう。

むしろ、泥にまみれ、辛く、苦しく、つまらなく、厳しいことの繰り返し。

「美しい」という言葉とは正反対とも言えるような要素をただひたすらやり続ける。

そういう過程を経た先に、ようやく、自分も他人も「美しい」と認めることができるようなものをアウトプットできるようになるのです。

「美しいもの」を作り出したいならば、「美しいとは言えない練習を繰り返す」という必要があるのです。

女性が美しくあろうとするのもきっと同じ。

お肌のケアや、化粧の方法、髪の手入れや指先の手入れに至るまで、そこにはきっと「細かさ」「丁寧さ」「理屈」「計算」「慎重さ」「バランス感覚」「力強さ」「思い切りの良さ」など、見えないところで「美しい」とは言えない努力が必要なのではないでしょうか?

そう考えていくと、「発音美人」になるための努力というものは、その努力自体が「美しい」とは言えないもののはずです。

私の教室で発音を学んでいる生徒たちは、きっとこのことがよく分かるはずです。

日々の発音の練習の中に、「細かさ」「丁寧さ」「理屈」「計算」「慎重さ」「バランス感覚」「力強さ」「思い切りの良さ」などを意識して取り入れていかなければ、発音はいつまでも「キレイ」にはなりません。

「美しいものをアウトプットするためには、美しいとは言えない努力が必要。」

これは発音に限った話ではない、ということですね。

では、発音美人になるために、具体的にどのようなことをしていく必要があるのでしょうか。

次回からもう少し具体的な話に入りますね。

どうぞお楽しみに!

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